第19話|同じ出来事が、前ほど痛くならなかった朝

朝の通勤中、信号で車を止めていた。
低い朝日が信号機に重なり、青に変わったのが見えなかった。

その直後、
後ろからトラックのホーンが鳴った。

考えるより先に、
私は反射的に車を発進させていた。

身体は先に動いた。
でも、心はほとんどざわつかなかった。

少し前までの私なら、
ここから自分を責め始めていたと思う。
「どうして気づけなかったのか」
「迷惑をかけたんじゃないか」
そんな声が、頭の中を占領していた。

けれど今日は違った。
鳴らされたことも、動いたことも、
ただの出来事として受け取れていた。

焦りも、怒りも、
必要以上に広がらなかった。

反射は起きた。
でもそれは、私そのものではなかった。

長いあいだ身につけてきた、
身体の動きが出ただけだった。

大切なのは、そのあとだった。

私は、自分の感覚に戻ってこられた。
今ここに立っている感じを、ちゃんと感じていた。

相手の事情も、
その場の偶然も、
すべてを自分の責任として抱え込まなくてよかった。

ただ、それだけの朝だった。

「進歩したな」と、自然に思えた。
誰かに褒められたわけでも、
評価されたわけでもない。

心が静かだった。
それだけで、十分だった。

選択者であるというのは、
いつも正しく振る舞うことではない。

反射してもいい。
遅れてもいい。
思うようにできない日があってもいい。

それでも、
自分の場所に戻ってこられること。

私は今日、
その感覚を確かに持っていた。

もし、
「前と同じことが起きたのに、
前ほど苦しくならなかった」
そんな瞬間を知っているなら、

それは、もう変化が始まっている合図だ。

未道録は、
劇的な成功を書き残す場所ではない。

こうして静かに、
戻ってこられた日を置いていく記録。

まだ道の途中。
それでも、ちゃんと歩いている。