第13話|沈黙は逃げではなかった

誰のためでもない時間を、初めて自分に使った日

苛立ちを感じられるようになった私は、
何かを始めたわけではなかった。

むしろ、止まった。

返事を急がない日が増えた。
考えているふりをすることもやめた。
説明しないことに、罪悪感が少しずつ薄れていった。

私はただ、沈黙を選んだ。

それは無視ではなかった。
拒絶でもなかった。

誰の期待にも触れない場所で
自分の呼吸を確かめるための、
小さな時間だった。

これまでの私は、
沈黙は悪いものだと思っていた。

黙ると、相手が不安になる。
空気が乱れる。
自分の価値が減る気がした。

だから必死に埋めてきた。
笑顔で。
言い訳で。
理由で。
我慢で。

沈黙を選んだあの日、
私はその全部を降ろした。

その静けさの中で、
自分の心がまだ動いていることに気づいた。

何もしない時間は無駄ではなかった。
何も起きない時間は失敗ではなかった。

黙っているだけで、
私はちゃんとここにいた。

“誰にも奪われない時間”は、
こんなにも温かいものだったのかと知った。

沈黙とは、
世界から離れる行為ではない。

沈黙とは、
自分に戻るための扉だった。

何かを始める前に、
何もしない自分を許せたことが、
私の回復の第一歩だった。